■BIOGRAPHY
2001年
オーバービークル結成!「何もできない学生」オバビつねに何でも出来るオバビたんはひたすら
ドラムを叩き込み結成!
1週間後にライブを決行。大人になりきれないオバビの青春がここから始まる…

2002年
合言葉は「多摩から全国へ!」全国デビューに向け「学生時代の恋・葛藤・焦燥・性」をテーマに
自らを「青春中2ロック」と称し制服を作り活動。

2003年
初めての自主制作デモCD「14のうた」を発売。3ヶ月連続デモCDを発売し、都心のライブハウス
を駆け巡る。

2004年
2nd自主アルバム「思春」発売し、地元多摩でストリートライブを開始。
多摩で1番大きなホール「パルテノン多摩」でのワンマンライブをやる事を決意する。
そして、テレビ朝日系列「ストリートファイターズ」に登録、関東ランキング10位に入り出演が決定!
全国放送の番組に出る中、「青春中2ロックでテレビに出て1位になれなかったら制服を脱ごう」
と決意する。
放送後1位になる事ができず、制服を脱ぎ活動休止…更に決定していたパルテノン多摩も断念。
0からの再スタートを決意し自主シングル「モトカノノモト」発売。
9月・11月に地元多摩でのワンマンライブは毎回動員記録を更新。

2005年
3rd自主アルバム「my youth」を発売。
都心での勝負を決意し、地元のストリートライブに加え「Gateway Success Project」に参加。
会場投票型コンテストライブ「1曲入魂」で3連覇を達成し、快挙を成し遂げる。
また、メディアにも積極的に出演。渋谷FM・かわさきFM出演やテレビ埼玉「ガッツだぜ」に出演
する。
そして、オムニバスCD「SOLD OUT」に参加し即日完売するという事態。初の自主企画イベント
「青春大合唱」開催。
自主CD「1・2レッツゴー」発売。
「M〜音楽で繋がろう〜」プロジェクトにバンドで唯一の参戦表明。

2006年
2年前一度はあきらめた夢…拠点である多摩で「6・25パルテノン多摩ワンマンライブ〜
わっしょい300+4〜」を開催。
多摩テレビがライブの模様を取材し、8月より放送を開始。
この日過去最高動員202人を記録。テレビ朝日系列「ストリートファイターズ」全国総合ランキング
3位にランクインし、2度目となる出演を果たす。
テレビ神奈川「みんなが出るテレビ」出演。
初の1stシングル「クラブ・パラダイス」を8月28日に発売する。発売記念ライブを「渋谷BOXX」
にて開催。
オバビのやりたい放題の悪ふざけイベント「クリスマスジャック」を「渋谷BOXX」にて開催。

2007年
超満員SOLD OUTの渋谷クロールにて「オバビ 2007 所信表明ワンマンライブ」を開催。
この日オバビの念願の夢「多摩から全国へ」の第一歩となる「全国CD発売」を発表。
川崎CLUB CITTA'「純音祭'07」ゲスト出演。
初のラジオレギュラー「1・2レッツゴー」を担当。
全曲ワンマン「踊叫2DAYS」決行!!2日間で150人を動員。
記念すべき8/3!!
初の全国リリースミニアルバム「オーバービークル」発売。
10日間連続プロモーション「オバビ熱踊甲子園」決行!!
「1・2レッツゴー」が「かわさきFM」「川崎フロンターレ実況中継」のテーマソングになる。
テレビ、AM/FM局、有線などオバビの名がジワジワと広がりを見せる。
HMV週間全国予約チャート最高3位にランクイン。
地元レコード店では売切れ続出など、勢いに任せオバビは関東を駆け巡る!!
毎年恒例で開催されていた「所信表明ワンマンライブ」を年末に開催。

2008年
初っ端から衝撃の事態が発生する…
2/14リーダー「オバビタン」脱退を発表。
メンバー全力の引き留めも空しく、事態は好転することなく、3/10…オバビ活動の原点である
立川にて「オバビタン卒業式ライブ」を開催。
オバビカドが後任のリーダーに就任し、オバビマツ、オバビツネの3人で活動を再開!!!
「多摩から全国へ!」を合言葉に、夢の続きを駆け抜ける。
そして…6月30日ついに新メンバー「オバビマル」、「オバビイヨ」が正式に加入。
また、オバビの新たな伝説がここから始まる…

オバビの青春は終わらない。

…つづく。